アレルギーからの解放の模索

悩みの始まり

私がアレルギーと直面したのは、
高校生の部活真っ盛り。
ボコボコと出る蕁麻疹でした。

その頃実家は会社営んでおり、母が経理を請け負って、
家事と仕事と経営という意味では大変な時期を過ごしていました。
当時は、ただただ忙しい母の印象しかありませんが、今なると相当な荷を抱えていたんだと、
この歳になってようやく分かります。

私は、このボコボコをしばらく言い出せなくて、
対処法は、本能で(昔はググるとか手段がありませんから)冷やしてみたり←一発正解!
まあ……それ以外なかったかな。笑

ある時、私のボコボコを見た、
尋常じゃない母の慌てぶりを今でも覚えてます。
私は、忙しい母はきっと「大したことないわよ」って言うと思ったのです。

その頃は、身体が小さかったにも関わらず高校に入学して一か月にならないうちに、
めっちゃ大人な三年生の部長から、部活に参加するよう言われそのまま高体連に向けて先輩とペアを組んで練習する様に指示されたところでした。

申し遅れましたが、小学生のころからテニス部です。

自分は一生懸命で苦痛を感じませんが、身体が悲鳴を上げるとは後にこういう事なのかな。と、今振り返ると思います。

先輩が相方で、負けられない(先輩の前衛にもっとこうだ!!とも言えない)その結果の蕁麻疹だったかなと。

結局、この蕁麻疹は病院の対症療法と時間が解決しましたが。

第二波

私も歳を重ねて、当時の母に近い年齢になり、モンスター並みに食欲のある男児二人の母となり、
部活のストレスの経験から、
息子たちの蕁麻疹的ストレスを見逃すまいと、自分の経験を生かして見守りましたが、

結果、ある時私が具合が悪くなり結果「花粉症」を発症しました。

なんの具合の悪さなのか解明したくてあらゆる検査を受けた結果、花粉症(しかも急に重度)。
もう、日常生活に支障が出る程の不調から、私が自分の生活の時間の使い方そのものをも直す転機になりました。

今回は対症療法以外の策を探す

不思議と、高校時代の蕁麻疹と花粉症が線で繋がっているような気がして。

共通点は、「自分と向き合わずして環境の要求するままに稼働した結果」であること。

そんな経緯もあって、私は「セルフケア」をテーマに自分の体も整えながら伝えたいことを発信しよう

と、思うようになりました。

不調を諦めない。
体質だからと言って自分を放置しない。

もしも、あなたに「変わりたい」という願いがあるならば、
それは、向き合うタイミングなのではないかと。

そんな風に思います。

みつけましょう

お話を聴かせてください

あなたに合う方法を一緒にみつけましょう。

それが私の役割です。

emotionはそのための入り口です。

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